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懐かしのTVドラマ・音楽・映画を当時の世相と共にご紹介します。

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第1回 ワールドカップ ウルグアイ大会 1930年

第1回 ワールドカップ ウルグアイ大会 1930年

1930年7月13日、ウルグアイで第1回ワールドカップが開催された。

開催国が南米という事で、南北アメリカからはウルグアイ、アルゼンチン、
ブラジル、パラグアイ、ペルー、チリ、ボリビア、アメリカの出場が決まっていたが、
開幕2カ月前という時点になっても、ヨーロッパから参加を表明する国はひとつもなかった。
当時、ヨーロッパから南米に渡るには2週間余りの船旅を要した。
その為、ヨーロッパ各国は参加を渋ったが、最終的にフランス、ベルギー、
ユーゴスラビア、ルーマニアの4カ国が参加を決めた。

しかし大会そのものは、予想をはるかに上回る盛り上がりを見せた。
開幕ゲームこそ、集まった観客も500人足らずだったが、
地元ウルグアイの初戦には7万人もの観客がスタジアムに押し寄せた。
そして決勝戦のウルグアイvsアルゼンチン戦では、
10万8000人収容のセンテナリオ・スタジアムがほぼ満杯となった。
もちろん大半はウルグアイのファンで、彼らの圧倒的声援を受け、
地元ウルグアイが見事に初代チャンピオンに輝いた。

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第11回 ワールドカップ アルゼンチン大会 1978年

第11回 ワールドカップ アルゼンチン大会 1978年

アルゼンチンは国内情勢に多くの問題を抱えながら、ワールドカップ開催を断行した。

これに対し、ヨーロッパ諸国からは大会をボイコットするべきではとの声もあがった。
その関係からはは不明だが、前回大会の二大ヒーローであるベッケンバウアーとクライフはこの大会には不出場だった。
そのため、開幕前はスーパースター不在の大会と言われた。

若き新星ミシェル・プラティニ擁するフランスは、1次リーグで姿を消した。
前回王者の西ドイツも2次リーグで敗退。優勝候補本命のブラジルは、3位決定戦にまわった。
決勝はクライフを欠いたオランダと地元アルゼンチン。大量の紙ふぶきが舞う中
地元アルゼンチンが優勝を決めた。またエース・ケンペスは得点王に輝いた。

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第15回 ワールドカップ アメリカ大会 1994年

第15回 ワールドカップ アメリカ大会 1994年

サッカー不毛の地、アメリカでの大会。猛暑の中での試合、移動距離の長さや時差といった事が、
選手のコンディションに影響を及ぼした。
ブラジルvsイタリアの決勝戦での消耗度は激しく、延長戦でも決着がつかず、
PK戦にもつれ込んだ。しかし、イタリアはバッジョが枠を外し、ブラジルに優勝をさらわれた。

今大会、活躍が目立ったのは東欧勢。ハジ擁するルーマニアはアルゼンチンを破ってベスト8、
ストイチコフ擁するブルガリアは前回優勝のドイツを破ってベスト4に進出した。
期待のアフリカ勢は、カメルーンはグループリーグで敗退、ナイジェリアはベスト16で姿を消した。


大会期間中には凄惨な事件も起きた。コロンビアのDFエスコバルが痛恨のオウンゴールを献上し、
アメリカに敗れてしまうという波乱が起きた。結局コロンビアはグループリーグで敗退し、
帰国後、エスコバルは何者かによって射殺された。

また、アルゼンチンのマラドーナのドーピング疑惑が発覚し、大騒ぎになった。
2試合目の後、ドーピング検査を受けたマラドーナから、分析の結果、禁止薬物のエフェドリンが検出され、出場停止。
マラドーナを失ったアルゼンチンは決勝トーナメント1回戦でルーマニアに敗れた。

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第9回 ワールドカップ メキシコ大会 1970年

第9回 ワールドカップ メキシコ大会 1970年

開催地メキシコは、盆地状の高原が国土の大半を占めている。
そのため各国は高地対策を入念に行って試合に挑んだ。
また、前回大会で目に余るラフプレーが横行したため、
この大会からイエローカードとレッドカードが採用され、
選手交代も認められた。

この大会、アステカの死闘と呼ばれた名勝負が生まれた。
準決勝のイタリアvs西ドイツ。前半8分に先制したイタリアは、
守備的になり西ドイツの攻撃をことごとく跳ね返した。
西ドイツが1点ビハインドのまま、試合はロスタイムに入った。
その時、西ドイツのシュネリンガーのゴールが決まる。
延長戦は壮絶な点の取り合いとなり、94分に西ドイツが勝ち越し、
その4分後にイタリアが追いつく。さらに104分にイタリアが逆転、
110分に西ドイツのゴールが決まって振り出しに。
さらにその1分後、イタリアに決勝点が入り、ようやく死闘に決着がついた。

こうしてイタリアは決勝に勝ち上がったが、息詰まる死闘を戦い抜いた戦士たちは疲労困憊し、
ブラジルの前に為す術もなく敗れた。
ブラジルは3度目の優勝に輝き、ジュール・リメ杯を永久保持した。

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第12回 ワールドカップ スペイン大会 1982年

第12回 ワールドカップ スペイン大会 1982年

今大会から本大会出場枠を24に拡大。ワールドカップはより規模が大きくなった。

1次リーグではアフリカ勢の健闘が光った。カメルーン、アルジェリアが健闘した。
中でも2組のアルジェリアは、3戦目を終えた時点で2次リーグ進出の可能性があったが、
同組の西ドイツvsオーストリアは、試合前に密約が交わされていたとしか思えない退屈なゲームに終始、
結局この両チームがアルジェリアをけ落として2次リーグに進出した。
この件が契機となり、その後の大会では、同じグループの最終ゲームは同日同時刻に行われるようになった。

この大会で絶対的本命に挙げられていたブラジル。
ジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾという
黄金カルテットを擁するブラジルに、対抗できるようなチームは皆無と思われた。
しかし、ブラジルは、2次リーグのイタリア戦でロッシのハットトリックで敗退。
一方、ブラジルを沈めたイタリアはその後も波に乗り、ついには決勝で西ドイツを倒して、3度目の優勝を果した。

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